アフリカへの想い

帰省みやげ~お墓や仏壇のクリーニング

お盆で帰省中での方も多いと思います。

今日は一つ提案です。

帰省みやげに故郷の家の仏壇やお墓の墓石をお掃除して先祖に感謝の気持ちを伝えてみてはいかがでしょうか?。

自分の手でお掃除するのも良いとは思いますが。数年に一度はプロにお願いして、新品同様にきれいにしてもらったらきっとご先祖様も喜んでくれると思います。

知人の葬儀屋さん東葬祭」http://www.azuma-group.co.jp/
では、お仏壇やお墓のクリーニングのサービスをしています。

Before/After写真を見せてもらいましたが、本当に新品同様に生まれ変わります。
都内だけでなく日本全国にネットワークをもっていますのでぜひ問い合わせをしてみてください。

帰省してお酒を飲んで盛り上がるのも良し・・・でもほんの5分で良いのでお墓参りをっして、先祖を思いやる気持ちが持てれば、日本人のDNAは生き続けて行くと思います。

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Out of Africa

今日は一日家で仕事。

ずっとパソコンとにらめっこで、さすがに肩がパンパン。夕方疲れたので、ふと思い出して昨日ブログに書いた「Out of Africa」(邦題 愛と哀しみの果て)のビデオを観ました。

実はこの映画、美しい会話がたくさんでてくるのです。もう何度もみていますが、観るたびに新しい発見があります。

特に、長くクドクド話すより、シンプルな言葉のほうがインパクトがあることがわかります。

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アフリカの思い出 その5

マサイマラ国立公園は大好きな映画「Out of Africa」(邦題 愛と哀しみの果て)のロケ地になったところです。

主人公カレンを演じるのはメリル・ストリープ。恋人デニスはロバート・レッドフォード。ステキな映画ですからアフリカ好きの方はぜひ観て下さい。

Out_of_africa ガイドさんにこの映画の事を聞いたらロケをしていた時の話をしてくれたり、ラストシーンを撮影した丘の上に連れて行ってくれました。

この映画は実話をもとに作られています。主人公カレンは再びケニアに戻らずにこの世を去ってしまいましたが、アフリカには「アフリカの水を飲んだ人は必ずまたアフリカに帰る」という言い伝えがあります。

私もいつかまたもう一度アフリカに行きたいと思っています。
今度はシニアボランティアかで何かですね、きっと。それまで一生懸命働かなくちゃ。

アフリカの思い出はこれでおしまい。ずっと書きたいと気になっていた未完了がひとつ終わってほっとしています。

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アフリカの思い出 その4

サファリでは朝と夜はGame Driveですが、昼間はホテルで気ままに過ごします。私たちはホテルのスタッフ

皆さんと写真を撮り合ったり、持参した折り紙を教えてあげたりして楽しく過ごしました。

Ken ある日、ホテルのショップで買ったアフリカのポップスを集めたカセットテープに歌詞カードがはいっていなくて、がっかりしていたら、愛称「Ken」という英語が堪能な青年がいて、歌詞をスワヒリ語で書いてくれて、その下に英語に翻訳した歌詞まで書いてくれました。

本当に親切!

メモ用紙に書いてくれたその歌詞カードは今も大切にとってあります。

特にすきなのが一曲目の「JAMBO JAMBO」という曲。ケニアでは国民的歌謡曲のような歌で、日本でいえば三波春雄の「世界の国からこんにちは」みたいな歌詞です。

(すみません、話が古くて・・・大阪万博のテーマソングでした。でも知らない人もいますよね・・・・きっと)

↓スワヒリ語でこんな歌詞です。

Jambo Jambo Bwana, Habari gani, Muzuri sana, Wageni, Mwakaribishwa, Kenya fetu, Hakuna Matata.」

翻訳してもらった英語を元に日本語に意訳すると、

「こんにちは、皆さん。いかがお過ごしですか? 元気ですょ。 ようこそケニアへ。 ケニアでは  何の心配もいりません。どうぞ楽しんで」

みたいな感じです。

最後の 「Hakuna Matata」 というのは英語でいうと「No problems」 

あの ミュージカル 「ライオンキング」 でも度々登場するフレーズです。

本当にあの広い草原を見ていると、小さなことでクヨクヨしていても仕方がないさ。No problem」と励まされているような気持ちになります。ShimaumaKikuyu

他にアフリカで買ってきたお土産はシマウマをモチーフにした台と、   キクユ族の無名の画家が書いた絵。

絵は日本に帰って来てから黒い縁の額を買ってきて入れてみたらとてもいい感じで、好きな絵の一枚になりました。

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アフリカの思い出 その3

ムパタサファリ・クラブ1992年にオープンしました。当時のマガジンハウスの社員でブルータスなどの雑誌の編集をしていた大黒一三氏がお父様の遺産で建てたホテルとのこと。

大黒氏は現「月間ソトコト」の編集長。イタリアで発信されたスローフードを日本に仕掛けた方で、ロハス>Lifestyles of Healthy and Sustainability の日本における商標登録もお持ちだそうです。

注)たまたまですが、今週発売の週刊朝日に林まり子氏との対談記事が出ています。

サファリにこんなにも素敵でおしゃれなホテルがあるなんて本当にビックリでした。昨日も書きましたが私には本当に身分不相応です。でも安全と安心という観点からこのホテルに泊まることにしました。Mpata_frontMpata_bell_boy

 

泊まってみて感じたのは、スタッフの方がとてもフレンドリーで、また日本人の求める高いレベルのサービス精神を身につけていたことです。これは、当時小黒氏からこのホテルの建て直しをまかされた元ブリティッシュエアウェイズの一色双樹氏が徹底的に社員教育をした成果だそうです。

食事は三食ともホテルで食べますが、目でも舌でも楽しめて毎回感激でした。夜は本格的なフランス料理ですが、ランチにはかき揚げそばなどを出してくださって、嬉しかったです。Mpata_dinner_bMpata_dinner_a_1

旅に出るとついあちこち欲張って歩きまわってしまう私ですが、ホテルの中にはライブラリーなどもあり、何もしなでボーっとしたり、好きな本を読んだり本当に贅沢な時間が過ごせました。

口コミで評判が広がり、今はムパタクラブに泊まるツアーなども発売されているようです。

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アフリカの思い出 その2

サファリでの楽しみはもちろん野生動物を見ることです。

現地ではランドクルーザーに乗り野生動物を見に行くことを Game Driveといいます。もともと英語のGAMEには「ハンティングの獲物としての野生動物」の意味がありますがこれは英国の植民地時代にヨーロッパの人々ハンティングを娯楽として楽しんだ名残りだと聞きました。

サファリの野生動物のBIG5といえばライオン・アフリカゾウ・ヒョウ(またはチータ)・サイ・ケープバッファローでこの5つすべてを見られたらラッキーだといわれています。

Game Driveはしのぎやすい気温の午前と午後の2回。ガイド兼ドライバーさんに「今日はサイが見たい」と頼むとガイド仲間と無線で連絡をとり合い、「サイならさっき西の草原で見たぞ!」という情報があれば「ダーッ」と車を飛ばして探し回ってくれます。Photo_2 Photo_3

そのお蔭でたった5日間の現地滞在の間にBIG5すべてに遭遇することができました。

初めてライオンが目の前に現れたときには鳥肌が立ちました。草原に暮らすマサイの人々は本当に視力が良くて(聞けば6.0とか?)遠ぉ~~~くの方からライオンがこちらに走ってくるのが見えるらしく、「今こちらにライオンが走ってくるから」といわれて待つこと暫し・・・。すると不意にライオンが車のすぐ前を横切ったりします。もうびっくり!

サイも乱獲されたせいか一時期は100頭くらいになってしまったそうですが、今は1万等くらいまでに増えたそうです。

忘れられない光景は帰る日を翌日に控えた最後の夕方。ヒョウが樹の上で捕らえた獲物のインパラを食べているところに出くわしたこと。ヒョウは獲物を他の動物に横取りされないように口にくわえて樹の上までひっぱりあげて食べることが良くあるそうです。

一本の樹を取り囲んで周りにランドクルーザーが20台くらい集まっていました。木の枝ではっきりとは見えませんでしたが、しーんとした空気の中で「ハフハフ」とむさぼる音や「ポキポキ」と骨が砕ける音が聞こえます。風が吹くとインパラの毛がフワフワと飛んだりもしてとてもリアル。弱肉強食の自然の摂理を見せ付けられた感じです。

このときもガイドさんがベストポジションをみつけるために34回樹の周りを移動してくれました。本当に親切です。

現地のガイドさんたちは皆明るく心が温かい人ばかり。

「おっ!あっちからカバが歩いてくるぞ!」といわれて「えっ!どこどこ?」ときょろきょろすると、カバではなく大きなお尻をしたマサイのお母さんだったりするわけです。「ハハハァ~。ヒッポママだよ。」ってな感じです。

少しでも多くの動物を見せるために、あちこち走り回ってくれてその合間にいろいろ楽しい話をしてくれたりしてとても良い旅の思い出になりました。

明日は宿泊したムパタクラブのおいしい食事とスタッフの皆さんのことについて書きます。

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アフリカの思い出 その1

もともと、なぜアフリカにそんなに思い入れが強くなったのかといえば長男を妊娠中に手術をしその後の入院中に病院で眺めていた写真集がきっかけです。

詳しくは2005年9月7日のブログをご参照ください。

あこがれていたケニアに実際にいけることになったのは幾つか理由がありますが、まず当時勤務していたブリティッシュ・エアウェイズを退職することになり、「最後に特典を利用して一番遠いところに行きたい!」と思ったこと。

それから、ケニアのマサイマラ国立保護区にある ムパタサファリクラブの当時の総支配人の方が知り合いだっ為、特別料金を出してもらえたこと。

などなど・;・・・・。

いずれにしても、1999年3月末に子供達の春休みにあわせてケニアに向けて出発しました。10歳と8歳の二人の子供にとっては、約24時間の空の旅はとても大変だったと思います。

無事にナイロビ空港に到着し、12人乗りのとっても小さなプロペラ機に乗り換えてマサイマラ国立保護区へ。あんなに小さなプロペラ機に乗るのは初めて、機内からみるとプロペラが止まっているように見えたり、小さいだけに揺れて正直ちょっと怖かったです・・・・。

30分ほどでサファリの真ん中にポツンと立つキチュアテンボ空港へ。空港と言っても草原の中に滑走路らしきものが一本あり(それも舗装されていないのですよ!)、バナナの皮のかやぶきの屋根がついた小屋がポツンとたっているだけでした。

(注)当時のことで今はどうなっているかは不明です)

「え、ここが空港?」って感じでした。

周りを見回すとキリンやシマウマの群れが間近に。はじめてみる野生の動物にとてもコーフンしました。

Photo_4

「わ~!シマウマッ!」とか「キャー キリン!」とか叫んでいたのに1時間も走っているうちに珍しくなくなってきて、「あ、な~んだ、シマウマかぁ・・・」って感じでした。

初めての感動体験でも、すぐにその感動体験には慣れて新たな感動を求めている・・・・・だから常にお客様を感動させ続けなくちゃいけないってことですね。

キチュアテンボ空港から1時間弱走りオロロロの丘の上に立つロッジ「ムパタサファリクラブ」へ。ここはケニア政府から5つ星の高級リゾ^-トの認定を受けています。

個性的な外観や内装・そして家具。どれをとってもステキ!設計はエドワード鈴木氏、レストランのメニューは「オテル・ド・ミクニ」の三国清三氏。私たちには身分不相応です。

夕食を終えてコッテージに戻ってみると、ベットの中に湯たんぽが。それもかわいいストライプのカバー付きです。Photo_1

実はケニアは一日の気温差がとても激しく、夜になるととても冷え込みます。だからこの湯たんぽのサービスはとても嬉しかったですね。

長い飛行機の旅の疲れも手伝い、その日は湯たんぽのぬくもりを感じつつぐっすり眠りました。

明日はサファリツアーのガイドさんのお話など。

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思い出の写真

今日は家で写真の整理。今はデジカメで撮影した写真をCD-ROMやメモリースティックに記録させておくことができるので、場所をとらなくなりましたが、子供達が小さい頃の写真は皆アルバムに整理して取ってあるのでかなりのスペースをとられています。

でも、デジタルにはない良さがあってときどきはアルバムのページをめくるのが好きです。

写真を観ながら今まで書きたかったことを思い出したので、明日からは7年前に訪れたアフリカ・ケニアのマサイマラ国立公園で出会った人たちのことをすこしずつ書きたいと思います。

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願えば叶う~アフリカとの縁

おとといのブログにタンザニアの助産婦さんのことを書きましたが、アフリカとの縁の始まりは、昨日書いた、妊娠中に手術をして入院生活を送っていたときに買った写真集がきっかけです。

その写真集は8月28日のこのブログでもご紹介した岩合光昭氏の写真集「おきて」です。

この写真集がテーマにしている野生動物の生命力とか、生き物の逞しさが私を励ましてくれました。きっとお腹の子供も生命力があるに違いないと。その時に、無事に生まれて10歳になったらアフリカに連れて行き、「あなたがお腹にいるときにこんなことを感じていたのよ・・・・」と話してあげたいと思いました。

そしてそう願い続けて10年、そのとおり、その願いは叶いました。というより、半ば強引に叶えました。勤務先が航空会社だったというメリットもありましたが、8歳になる次男もいっしょにアフリカに行ってきました。(場所はタンザニアではなく、隣のケニア・マサイマラ国立公園でしたが)

子供達は最初、「何でそんな遠いところまで連れて行かれるのか?」と訳がわからなかったと思います。「飛行機にたくさん乗れるよ!」がくどき文句でした。本当にイヤというくらい乗りますから・・・・。

ロンドン経由で片道丸一日以上かかる過激な飛行機の旅にも耐えられる体力がついている子供達。神様に感謝しましたね。

そして、文明を感じさせるものは自分を案内してくれた車以外は何もないサファリに立って、360度見渡したとき、今までどこでも見たことのない景色に本当に感動しました。きっと何千年も前から変わらない景色なのだと。野生動物もたくさんみられ、弱肉強食・自然の摂理の現場にも遭遇したし・・・・。鳥肌が立つ感じです。

今は勇気をもらったアフリカにいつかお返しができたら良いな・・・と思っています。夢はアフリカ・ケニアかタンザニアに学校を建てること。

「願えば叶う」よりも「願って叶える」ですね。

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願えば叶う

今日は「プロとして相手の心に残る仕事がしたい」と思うようになったきっかけの一つについて書きたいと思います。

長男を妊娠したとき、3ヶ月検診の際に卵巣のう腫であることがわかり、安定期にはいった5ヶ月目に手術を受けました。何しろお腹に赤ちゃんがいる状態で手術しても大丈夫なのかどうか、その事実を告げられたときはパニックになり、非常に不安でした。

主治医の先生曰く、「手術の際の麻酔は胎児には影響しません。ただ、その後の痛み止めのモルヒネは胎児に影響しますから使用できません。ですから、手術後の痛みが大変ですよ・・・・。」

案の定、お腹を10センチくらい切っているのに痛み止めが打てないので、手術の当日の夜は七転八倒の苦しみでした。でも「母は強し」って感じで何とかその痛みにも耐え、2週間の入院生活を送りました。

それまで仕事と家事の両立で大変でしたが、入院中は時間がたくさんあり、おもいがけない休養になりました。でも・・・・・時間があると人間余計なことを考えてしまうものです。

「本当に無事にお腹の子は五体満足で生まれてきてくれるのかしら・・・・」そんなことばかり考えていました。

ある日、主任看護婦さんに正直に不安な気持ちを打ち明けました。すると彼女はは「だいじょうぶ、願えば叶います。一所懸命祈りましょ!私も無事にかわいい赤ちゃんが生まれ来るようにいっしょに願ってますからネ!」と励ましてくれました。

何と心強い。

きっと今までにも同じような患者さんを診ているはずで、たいしたことないと思っていたかもしれません。でも、その時彼女は本当に私と同じ気持ちになって、不安な気持ちを受け止めてくれて、その上で励ましてくれました。

その後も入院中に彼女とはいろいろな話をしました。3人のお子さんを育てながらずっと夜勤もある仕事を続けてきたとのこと。私も子育てと仕事の両立は大変でしたが、そんな時はあの時の看護婦さんの姿を思い出して自分を励ましていました。

きっと「プロとして私もこんな風に相手の心に残る仕事をしたい」と思ったからだと思います。

「願えば叶う」今でも何か試練に直面すると、そう心で唱えます。願うだけで良いのかと言われれば「No」ですが、強く願う気持ちがあれば自然と行動が伴うというのが実感です。

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