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映画「クライマーズ・ハイ」~23回目の夏~

昨日 映画「クライマーズ・ハイ」を観て来ました。

23年前の812日 午後656分に群馬県の御巣鷹山に墜落した日本航空123便。

その事故のニュースを伝える新聞社の全権デスクやスタッフの仕事に向き合う姿勢、組織と個人の軋轢の中の苦悩、取り巻く人間模様などを織り交ぜた物語です。

原作は事故当時地元の上毛新聞社の記者をしていた作家の横山秀夫氏が書いた同名の小説です。 原作は出版されたと同時に読み、3年前にNHKでドラマ化(主演は佐藤浩一でした)されたものも観ました。

あの物語を2時間ちょっとの映画に創り上げるのは大変だっただろうと思いました。そういう意味ではよくできている映画だとは思いましたが、個人的にはドラマの方がより強烈な印象が残っています。一つだけドラマよりも印象に残ったのは、事故当日に墜落現場も特定されないまま、山に向かった記者を演じた堺雅人。かなり迫力があり良い役者さんだな・・・と思いました。

ところで、映画を観たのは昨日812日の夜。始まったのはちょうど23年前に墜落した時刻とほぼ同じ時刻です。

このブログでも毎年812日に関連する内容で書いてきました。(よろしければバックナンバーをクリックしてください。)

当時私は日本航空成田空港の手荷物事故捜査センターで仕事をしていました。あの日は前日から数日間夏休みだったので自宅で夕食を食べながらテレビを観ていました。ニュース速報で「日本航空123便がレーダーから消えた」と流れた瞬間に直感的に「あ、墜落したかもしれない」と思いました。 その後、午後9時頃に会社から連絡がはいり、夏休みを返上して翌日から会社に出社するように指示がありました。

男性社員は全員現場に向かうことになり、私はオフィスで未処理の案件を引き継ぎ代わりにお客様対応をする必要があったからです。

映画の中でも当日は情報が錯綜し、墜落現場が特定されないために多くの人が混乱の渦の中にいた様子が描かれていました。当時の上司や先輩はバスをチャーターしてその日の夜のうちに群馬・長野方面に向かったと記憶しています。

もちろんご遺族が一番大変な思いをされたことは言うまでもありませんが、多くの人がそれぞれの立場で役割を果たそうとしていたことを改めて思い起こしました。

映画の中で大手新聞社の社員が、事故現場からこっそり持ち帰った遺品をふもとの旅館で写真に収めているシーンがありました。事実を元にしたフィクションだとはいえ、事故後暫くしてから、遺品を保管している前橋市内の体育館での仕事を命じられ、並べられた遺品を前に、帽子一つ、ハンカチ一枚でも持ち帰りたいと必死で探してまわるご遺族の姿を目の当たりにしていたので、このシーンにはちょっと不快な印象を抱きました。

ところで、実はずっと未完了として気になっていたことですが、昨年の秋に初めて事故現場となった御巣鷹山に登りました。

映画の中でも描かれていましたが、事故当時、現場までの道は地元の猟師でも苦労するような険しい山道でしたが、今では麓の登山口まで道路が舗装され、そこから事故現場までは一時間弱で登れるように整備されていました。 手すりや階段も整備され、その道の両脇にはアルファベットで記号が表示され、その近くで発見された方の位牌があちこちに立てられていました。

御巣鷹の尾根には慰霊碑と昇魂の鐘、そしてなくなられた520名の方のお名前を刻んだ石碑が建てられています。事故機には私の同期入社の友人も搭乗していました。当時大阪支店の社員と結婚し、退職後里帰りしていたご実家から大阪に帰るために、たまたま事故機に搭乗していました。 お線香をあげ、名前を手でなぞり、「ずっと来られなくてごめんね」とつぶやいて、すこし心のつかえがとれたような気がしました。

今年の秋は同期みんなでで御巣鷹山に登りたいと思っています。

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